歌うよ いつまでも 貴方に 届くならば










   meteor stream

















静まり返った夜の空気、あたたかな柔らかい風が波に混じり優しい音を作り出す。
バンブルビーはこのとき、海というものをはじめて見た。
地球に来る前、外側から見た地球が青で包まれていて、それが水だということはある程度の知識で知っていた。
けれど今は実際に触れることさえ出来るのだ。
真っ暗にくれた空には瞬く間の星が散り、薄暗くその波を映し出してくれていた。
それに反射して映し出される空と海は一体化するように揺らめき、奇妙な感覚と恍惚を生み出す。

夜の迎えのついでにドライブ。
その流れでサムは此処に連れてきた。始めは2人で夜だからといって変形を解きばしゃばしゃと遊んでいたが、海水がなんともいえなかった。

見ているほうが楽しい、今ではビーグルモードのバンブルビーのボンネットの上に少しだけ腰掛けるように、サムも海を見つめている。
言葉はない。バンブルビーの好きな曲もかからないし、サムの会話も入らない。
聞こえるのは波の音だけ。
ただ、ぽつりぽつりと、言葉が漏れ出したのは幾時間も経ってからだろう。
ぽつり、本当に少ない言葉だが、ソレは身体に浸透していくように滑らかな口調であった。

「綺麗だね、海」
『うん、はじめて見た』
「そっか」

ゆらゆらと揺れる波。そして、見上げれば美しく光る星の数々。
いくつあるのだろうか?そんな事を思っていると、サムも星を見上げ始めた。

「今日は雲がないから、沢山見えるや。だから海も綺麗に見えるのかな」
『へぇ』
「星ってさ、地球には、星のお話が沢山あるんだよ」
『ふぅん、なに?』

最初は聞いているのかも分からない様な曖昧な返事だったが、この話題には興味をそそったのか
首を傾げて聞きたがるバンブルビーがやけに可愛くて、サムはつられて笑いかけた。

「例えば流れ星を見つけて消えるまでに願い事を三回言うと叶ったり」
『へぇ、そんなことがあるんだ。あとは?』
「そうだなぁ」

沢山あるとはいってみたもの、改めて考え直せばあまり思いつかないものだと眉をよせ、えーっと、とある程度時間をつまらない言葉で濁しておいた。
そしてやっと一つ頭に浮かんできてくれた。

「確かね。僕らの地球では、この世界からいなくなった人は星になるんだよ。
 だからあの星には今はいないけれど、沢山の人たちがいるんだ」
「・・・・・・いなくなった、人?」
「あー・・・もっと単刀直入にいえば亡くなった人、っていえばいいのかなぁ・・・・・・バンブルビー?」

急にバンブルビーの様子が変わったのをサムは少し気が付いたが、あまり気にしない様子でまた話を始める。
死んだら星になる、ただそれはどこかで聞いたような曖昧な話で本当かは分からない。
けれど、そう思えば自分を見守っていてくれる。
側に居てくれると誰かが思ったのだろう_という感じで話を進めていった。
その後の‘凄いね!,という歓心の言葉は返ってくるどころかバンブルビーの顔はさっきと変わらないままだった。
サムはようやくことの深さに気付き、口の中が急に乾いてきて唇を歪めた。
「バンブルビー?え、あの_どうか、した?」
『・・・・・・それ、本当の話なの』
「ぇ_本当かは、分からないけど・・・・・・でもっ、誰かがそういったんだからそういう可能性もあるんじゃないかな」
曖昧な情報と返事をしてしまったことに内心どもりながら且つ平然をよそって言葉を発する。
ちらりと、自分の倍も上にあるバンブルビーの表情を読み取るのは難しい。
ただ、いつもは嬉しそうに輝く瞳は哀しそうにも見えた。

『ねぇ、サム。おいらつかれちゃったな。もう帰ろう、ママさん達も心配しているかも知れないし』
「あ・・・・・・う、うん。そうだよな、うん。だよね」

しまったと思う反面、弱々しい声でも明るく振舞おうとするバンブルビーに、何故かサムは笑顔を返す事が出来なかった。
そして、バンブルビーも。









◆◆◆







ダムの上。
見上げれば多くの星が空に散り、邪魔するものなど何処にもなくて唯空が広がっていた。
自分よりも大きな大きな天にある吸い込まれそうなほど美しくきらきらと輝いている星の存在を今改めて感じる。

サムと家に戻ってきてから、おやすみ、の言葉を交わした後、こっそりとサムの家を出てダムに行ったのである。
思考を楽にしようと少し軽めに深呼吸すると、澄んだ空気がふわりとモーターを回すようにゆっくりと入ってくる。
未だ夏のような日差しを保つ日々だが、夜になると少しだけ冷えるので空気はなんとも丁度良く感じる。
程よい温度に包まれているボディを、少しだけそよ風に任せて腰をかけた。
足元には邪魔するモノはひとつもないのでぶらぶらと足をゆらすと、まるで空中に浮かんでいるかのよう。

何も考えることなく楽しんでいたせいもあるのだろう無意識のうちに言葉が漏れた。
それにハッとしたのも哀しくなったのももどかしくなったのも、バンブルビー本人だった。

隣には、いやしないのに。
でも、また言葉が勝手に出てきてしまうのだ。

「  ジャズ  」


けれど今度は、とても噛み締めてその名前を呼んだ。押し殺した声は潤み、視界がぼんやりとしてくる。
それを腕で隠し空を見上げた。それでも零れるオイルは頬を伝い押さえきれない嗚咽は漏れる喘ぎになり、か弱い声で消えてゆく。
今の発言が自分を更に辛くさせていくのに、何故だろう。その名前を呼ぶだけで胸が温かくなり締め付けられる。

本当は、もっと前に泣きたかった。もっと泣きたかった。
けれど悲しんではいけないのだと何度も言い聞かせてきたから。
あの戦いのとき自分と仲間たちは泣かなかった。それがなぜかといえば簡単な事。



泣いたら、悲しんだら、ジャズの戦いは報われないだろうと。



泣いてはいけない
哀れんではいけない
彼は戦ったのだ戦いきった
賞賛すべきなのだ彼は勇敢だから

だから、だから涙は誰も見せなかった

けれど、今の自分にそれは大きすぎる。
素直に出てくる感情を抑えることは難しいし、何よりずっと耐えてきたので、どんどん溢れてしまう。

そんな中で繰り返し味わうようになった平凡な日々。
それはいつか夢見たような淡い日常であり幸せという形になっていき、実現したのだと、そのときこそ思った。
けれど、何かが足りない。
沢山溢れる在り来たりの中で、足りない物。
それは探したが、どこにも見つからないしぽっかりとそこだけ空いている。
けれど、探したって埋めようとしたって、埋るはずがないのだ。


ジャズがいない。


それだけで、バンブルビーの気持ちは切なくなる。
長い間過ごしてきた日々、一緒に笑い、戦い、思い、慰めあい。溢れんばかりの時間を過ごしてきた仲間。
ジャズがいない時間は、その時間よりも何倍にも長く感じられ何処か空しさが一段と募る日々であった。
けれど、今日サムが話した言葉をバンブルビーは心にまた繰り返す。それを思うと、どうしてかその気持ちはふわりとなくなっていく。
(この世界から消えた人は星になる)
濡れた瞳を指先で拭い、星を見つめた。そこにはさっきと変わらない沢山の星があり、きらきらと輝いている。
「そこにいるんだよね、ジャズ」
どれほどあるかわからない星の中にいると思うだけで、救われる思い。
「だからおいら、地球にこれてよかったよ」
宇宙から見れば、星はちっぽけな石の塊で、あまり美しいとはいえなかった。
けれどどうだろう、この地球からは宝石のように美しく輝いているではないか。

「ジャズは目立ちたがりだから一番光ってる星だよね」
くすりと一人で笑った後、あぁ、こんな風に話せたらいいのに_あのいつも向けてくれた笑顔や仕草をふと思い出し、更に笑みを零した。
けれど何故だか慌てて口をふさいでも、あの遠い空までには流石の地獄耳も聞こえないだろうと思って安心して、そして直ぐに哀しくなった。
遠い、近くなんてないそんなところ。

「ねぇ、そんなところからおいらたちが見えるの?」
その姿は、全く変わらないけれど。ちょっとした表情くらいは変わるんだよ?
「それに・・・・・・おいら、話せるようになったんだ」
この声を、聞かせたいのに。
隣で、たくさんおしゃべりがしたいのに。そうすれば、良かったって笑いかけてくれたはずなのに。
名前を呼び合うことも、感情をこめて、もっともっと、言いたい事があったのに。


「ねぇ」
空に向かって、呟いた。
「返事、してよ」
いつものようにおどけて笑って
「おいらの事呼んでよ」
空からでもいいから、お願いだから。

またオイルがぽたりと落ちた。
その度に腕で強く擦るが視界が傷つくだけで、止まらない。
こんなときジャズがいれば弱虫とかいうくせに最後には慰めてくれる、そうであったはずなのに。
落ちていく中で、差し伸べられた掌を思い出すように、バンブルビーは空に手を伸ばした。
けれど、その空には届くはずがなかった。

それならば。









『ジャズ』

『聞こえる?おいらの声』

通信チャンネル。長い間使い慣れた言葉は、いつしか声になり表れる。
電子音でもなく、ただの文字を伝えるものではない。
感情をこめた声色で、そっと問いかけた。

『こうすれば、遠くても聞こえるでしょう?』
個人的に設定されたジャズへの通信。
時々砂嵐が聞こえ、または静かに無音にもなる。
あの宇宙にいるからだろうか、とても不安定だが、落ち着いているよう。

『ジャズは星になったんだよね、だから、絶対いるんだよね?・・・・・・だからさ』
我儘だと分かっているけれど。
『お願いだから、おいらたちのところへ戻ってきてよ』
星に願いをすればかなうのでしょう?流れ星ではないけれど、ジャズはいつだって自分の願いを叶えてくれた。
『ゆっくりでいいから、帰ってきて。ねぇ、ジャズ』

そのきらめくような速さなら、帰れるでしょう?遠い何億光年先でも、ジャズならば。

『そうだ。おいらが歌を歌ってあげるね、迷子にならないように、ジャズ好きだったから』


「             」


小さく、夜空に向かって旋律を並べた。
決して上手いわけではないけれど、届くならばと止めなかった。
思い出すのは長旅で同じ日々を繰り返す毎日の中でジャズが時々口ずさむメロディーだった。

なにそれ?と聞くと音楽さ、と返ってくる。
なんていうの?と聞くと教えない、と笑い返される。

だから、何の歌かも分からないが、だたジャズはそのメロディーを楽しげに口ずさんだ。
低い階調から甘くゆったりとした旋律かと思えば、まるで心が弾むように陽気に歌う。
まるで魔法みたいに心を動かされ、ジャズが歌えば生きているかのようにも思えた。
はっきりと思えていないが、その中でバンブルビーが好んだ曲調を軽く口ずさむ。
ジャズの歌う甘く優しい声は、その歌にぴったりでメロディーもそのままだった。
それを思い出す。




聞こえるかな、上手くないけれどちょっとくらい聞こえる?
そしたら、どこかで声が聞こえてくるかな。
いつかまた隣で一緒に歌えるかな。



だからおいら、ジャズの為に歌ってあげる
名前を呼んであげる
おしゃべりだってしてあげるし
ぎゅっともしてあげる






だから、此処にきて。










貴方がこの限りない全ての中に存在するのであれば、いつか此処に戻ってきてくれるならば。


「おいらは、此処にいるから」









小さなメロディーを、この夜空の星に捧げよう。
そして貴方に、この歌を。






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