舞い落ちる雪に 思いをこめた
merry christmas
フロントガラスの上を白い氷の結晶が覆っていくのを防ぐのは、このワイパーだけである。
バンブルビーは一人、誰も通らない夜道を走行していた。道は滅多に車が通らないのか、それともその場所に向かう者もいないのか積もりに積もって白一色である。
おかげでその白が反射し、夜の景色は薄暗く保たれている。
しんとした静けさの中、何気なく見つけた音楽を流して浮ついた気持ちを紛らわそうとする。
それは先ほどのせいだろうか、今日はサムのうちでクリスマスパーティというものが開かれてバンブルビーも一緒に混ぜてもらった。
初めての体験に興味と歓心は深まり、久し振りの安息間や楽しさに身を浸していく。
思い出すだけでまたうきうきと気持ちが上がっていくのだ。
ついついそんなことを考えていると、ぎゅるり、という不快な音が鳴り前進を阻止される。一
体どうしたものかとタイヤを進めようとするが全くもって前進する気配はない。タイヤが雪に埋もれてしまったのか、次はバックしようと試みたがどうやら抜け出せそうには無い。
改めてこの雪という存在の大変さを身にしめた。
暫くは前進後退を繰り返し、溝から抜け出そうとしていたのだが全く意味が無く寧ろ深みにはまっていっている様だ。
手も足の出ない状態に、こうなったら…とロボットモードになろうとしたその時、奥の道から轟く様なエンジン音が聴覚センサーに入る。
最初は思わず身構えた(様な仕草をしようとした)が、聞き覚えのあるその音に直ぐに反応し、ただその正体を待ちわびた。
そして目の前に現れた車、いや、彼に電子音で軽く挨拶をする。すると不安交じりな声色があたりに響いた。
『どうも、オプティマス』
「バンブルビー、大丈夫か?今助けるからな」
その助けに返事を返す前にビーグルからロボットモードになった彼が、埋もれた自分の車体を軽々と持ち上げる。
そしてそっと安全な方の道に移動させてもらった。
『ぅ、あっと・・・あ、有難う御座います』
「いいや、怪我は?走れるか?」
『平気ですよ、有難う御座います』
それより、とバンブルビーは自分の安否を伺う彼に、言葉を繋げた。
『何故ここに来たんですか?おいら緊急信号も出してないし、もしかして御用事でも』
「いいや、違う。そのだな・・・・・・何だか心配になってしまって、来てしまった」
珍しく、いや、滅多似せたない照れるような仕草。
バンブルビーはそんな彼の姿を見て思わず可愛いなんて思ってしまう。
それがまた、自分が彼に惹かれる要素でもあるのだが。
『オプティマス』
「ん?」
『有難う御座います。心配、してくれて』
ぽつりと言葉を述べると、彼は優しく笑みを返す。
「では行こう。バンブルビー」
ビーグルモードになった彼の後ろをなぞるように、雪道を進んでいった。
着いた先はフーバーダムの基地内。
オプティマスは中に入ると一瞬の間でロボットモードにトランスフォームして、バンブルビーも同じく体形を変形させた。
「それにしても雪と言うものは時に不便なモノだな」
そう呟きながら、フロントガラスについていたり、狭い溝に挟まった雪を器用に手で落としていく。
タイヤも雪道を走っていたせいで濡れ、2人の場所ははびしょびしょで大きな水溜りができる。
少し身体を震わせ、についた水滴をぶるりとはらい、少しでも早く乾くようにと試みてみると、オプティマスはそれを見てくすりと笑みをこぼしている。
つられるように笑うと、オプティマスは先を歩き出し、バンブルビーも遅れをとらないようにと歩幅を早く進めた。
『何処に行くんですか?』
向かう方向がラボではない事に疑問を抱き訊ねると、何も言わないまま、ただ小さく微笑みを返され大きな扉の前で立ち止まった。
『オプティマス?』
「是非お前に見せたいものものがあってな。いいか、ほらっ」
同時にゆっくりと扉が開き、目の前の彼が自分を前に押し出すとバンブルビーは目の前の光景に息を止めた。
そこには天井ぎりぎりまで聳え立つ1本のもみの木。
そこにはきらめいて眩しいほどの様々な色を示すライトや可愛らしい飾りが沢山付けられている。
バンブルビーの背丈よりも大きい。きっとオプティマスと同じくらいだろうと幹に触れながら考える。
『クリスマスツリー』
「基地の者が持ってきたものらしいが、是非見て欲しいと思っていたんだ」
『凄い、サムのうちにもあったけれどこんなに大きくはありませんでしたから』
ふと下を見下げると鉢の幹の周りに様々な形をした箱や袋が並べられている。こ
れは何なのかと問うと、オプティマスは1つ適当なものを手で掬い上げた。
掌の上に、ちょん、とのった袋。よく見ればきちんと包装がされていて、何とも可愛らしい。
「これはバンブルビーのプレゼントだ」
「え、おいらのですか?」
「あぁ、地球のサンタクロースという人物が運んできたらしいぞ」
サンタクロース、という言葉を聞いてバンブルビーの目はキラキラと輝いた。
クリスマスにはサンタが来てプレゼントをあげるらしいが、まさか自分のところに来てくれるとは思ってもいなかったので驚きと嬉しさでいっぱいになる。
オプティマスも予想通りの反応を示す彼に愛らしさが募り、満足げな様子でバンブルビーを見つめた。
「サンタクロース以外からもプレゼントはあるからな。後で開けて見なさい」
素直に返事をする彼に、続けて言葉を洩らす。
「ダムからの景色が素晴らしいと聞いたのだが、見には行かないか?」
勿論、バンブルビーは断るわけがなく寧ろ嬉しそうに首を縦に振った。
一旦此処を後にして、フーバーダム入り口に向かう。
外に出ると、先ほどのように酷い降りではなく、静かにしんしんと雪が舞う。
誰も踏みしめていない雪の上に足跡を残すと、雪のふわりとした感触が伝わっていく。
そしてダムのふちに近づいてみた光景に、溜めた息が白と化して現れた。
目の前に映る光景、それは真っ暗な暗闇を反射するかのような白銀の雪。
一面に広がるその美しさにバンブルビーは目を奪われた。
『おいら、こんなの初めて見ました』
「あぁ、私もだ」
色んな星などをまわってきたが、この冬の雪をを見たのは初めてである。
もともと自然観察に興味があるバンブルビーにとって素晴らしい絶景なのだろう。
そのまま見惚れていると、空気の冷たさに小さく身を震わせる。それを見てオプティマスは小さな彼の身体をそっと引き寄せた。
『オプティマス』
少し恥ずかしくて呼びかけた名前、同時に自分の体を寄せるその腕に力がこめられたのが分からないはずが無い。
『申し訳在りません』
「いいや、しかし寒いのならばもう中に戻った方がいいかもしれないな」
しかしバンブルビーは首を横に振った。
我侭であるとは思うのだが、まだ此処にいたい。
オプティマスも了承したのか、小さく縮こまる体をさらに引き寄せてくれた。
ただ二人、静寂の中の景色を見つめていた。
金属が少しだけ擦れあう音が小さくなるだけで、心地いいほどの温かさは優しい。
オプティマスがバンブルビーの肩に触れたときに、規則正しい小さな結晶がついた。
とても小さいのだがそれはとても可愛らしい。なにかと思って空を見上げれば、ただ先ほどから降る雪しかない。
そのひとつを目で追うと、またバンブルビーに着いてその形を現す。
「ほう、雪か。こんな形をしているのだな」
「?」
不思議そうに首を傾げる彼を見て、そっと手を差し伸べさせる。
そして掌に雪が落ち結晶が表れ、手の暖かさによって何時の間にか溶けてしまった。
『可愛いですね、消えちゃうのが勿体ない』
こんなに小さいのに、1つ1つが綺麗な美しさを持っている。結晶を見て楽しむ様子に、つられて笑みを見せた。
またふわり、ふわりと雪が舞い落ちる。
『見てください、ほら』
掌に降りかかり姿を現した結晶を見せようと顔を上げた彼の頬に雪がそっと落ちてくる。
そこに触れたくて、思わず唇を寄せた。くすぐったそうに息が漏れるので、熱で雪が消えてしまう。
それでも雪の冷たさと彼の熱の温度を感じたくて、何度もキスをした。
そうしていくうちに、始めは緊張していたバンブルビーの力が抜けてくる。そして精一杯背伸びをして顔を寄せてくれた。
必死に掴む腕が、触れ合う唇の温度が何とも心地よい。
少し冷えた小さな身体を優しく腕の中に包み込む。
『オプティマス』
囁くような声、今思えばもうして再び彼の声が聴こえることを改めて噛み締めた。もっと聞きたい、名前を呼んで欲しいと。そんな気持ちを留めて、彼の言葉を待った。
「おいら、貴方に言いたいことがあったんです」
それはクリスマスと言う行事に言う挨拶の言葉。もう一度、視線が合う。
『メリークリスマス、オプティマス』
はにかむような笑みを浮かべ、小さなキスを返された。それは甘く、愛おしさを感じずにはいられなくて。
「メリークリスマス、バンブルビー」
降りつづける雪に紛れて、又こうしていれればと願った。仮令どんな諍いがあろうとも、あったとしても。
彼を守れるならば、いてくれるならば。
きっとソレが叶うと思ったのは、今日はそんな日だったからなのだろう。
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