多分それは、自分のせいなのだろうけれど
口は災いの元
「それでスパイク、おいらの事からかってきたんですよ!」
「ははっ、二人共仲が良いなぁ」
サイバトロン基地内のある一室から聞こえるのは、マイスターとバンブルの会話であった。
最近は仕事も忙しく、二人で話すような余裕を楽しむ時間というものがなかった為、今こうして時間を見つけて他愛のない話を交し合っている最中である。
マイスターは先ほどから色々な情報を提供してくれているバンブルの話をデスクにもたれ掛かりながら聞いていた。
流石偵察員という事だけあって、日々の情報や偵察中に発見した事、仲間とのやり取りなど様々な事が自分の耳に入ってくる。
忙しそうに話す彼の表情を可愛らしいと思いながら、話に花を咲かせていった。
すると突然話の途中で何かを思い出したのか急に顔を上げ、それと同時に今度はパアッというほど明るい笑みをみせた。
そんなころころと変わる顔が可笑しくて、笑いを誤魔化すように問いかける。
「どうしたんだ?バンブル」
「あのね副官!今日ね、おいら指令に、偉いぞって褒められたんだぁ!」
問いかければ間もいれずに答えが返ってきた。しかも先ほどよりも最高の笑顔で。
さぞかし嬉しいのだろう、マイスターの膝を小さな手で揺らし感動を自分に伝えようと試行しているのが分かる。
しかし、その話を聞いてまず思ったのが聞かなければ良かったという事と、そんな笑顔で言うなという何とも大人気ないものだった。
実際今日だけ思ったことではない。
その系統の話を聞くのは初めてでもないし、彼がいつも凄く嬉しそうに話すのはこのような話が多いだろう。
しかしここは彼の気持ちを無視してはならないと、いつものように、いつもの笑みを返す。
「良かったじゃないか、さぞかし指令の役に立てたのだろう」
そうかなぁ、と満面の笑みで返された言葉にマイスターは聞こえないように小さく溜息をした。
こうして彼が自分を慕ってくれるのは光栄な事だ。しかしこうして彼が誰かの話をするのはあまりいけ好かなかった。
つまり、嫉妬というべきものなのだろう。
急に黙りこくってしまった自分を心配したのか、見上げてくる表情に気付きバイザー越しに目を合わせると不安そうに自分を呼ぶ声が聞こえる。
先ほどの自分の考えを消し去るように彼の頭を優しく撫でると、くすぐったそうにすくめて小さく微笑む姿に、胸が高鳴った。
そんな表情をされると、ついつい彼をからかいたくなってしまうではないか。
「なぁバンブル。指令の何処が好きなんだ?」
いつもの表情を変えることなく見下げて問いかけてみると、少しだけ首をかしげて悩む表情をしたが直ぐに此方を見上げる。
そして小さな身体一杯に両手を広げ始める。
「ん、何だ?」
「おいらね、指令の好きなところいーっぱいあるんだもんね!」
自信を籠めた口調には嬉しさ混じりの声色。
一生懸命両腕を広げる行為からはどれ程好きかを現しているのか、それとも沢山好きなところがあるか示しているのか。
どちらにしろ方向性には変わりはないのだが。
「なら私の事はどれ程好きかな?」
先ほどより優しく問いかけると先ほどと同じような答えが返ってきた。
結局答えは一緒だったと苦笑を隠しきれず、バイザー越しで見えない目を軽く細めた。
けれどその勢いで言えば全員にその答えを出すだろう。
まだ子供であろう彼にとってはその答えが妥当だと考える。
「でも、指令はおいらの事好きかなぁ」
「バンブル・・・?」
思わず声が弱弱しくなり、問いかけられた言葉に驚きと疑問を抱いた。
多分彼は自分は指令を思っているが、自分は相手から嫌われていないかと急に不安になったのだろう。
珍しい程しゅんとした顔を見て先ほどの自分の質問を悔やんだ。
勿論彼がバンブルを嫌うわけがない。寧ろ溺愛してやまないだろう。
不安がる人の弱みに付け込むよなことはしたくはないが、彼のそんな思いを聞いてしまってはここぞというところはない。
後悔をいいことに変えるのがベストというものだ。
「バンブル」
小さな身体を包み込むように抱き上げた。
自分より小柄なものだからすっぽりと腕の中に納まる。
バンブルの方はというと自分の身体がふわりとマイスターに抱き上げられた事に驚きを隠せなかったのであろう、声が小さくあがる。
「嫌かい?」
その問いかけに小さく首を横に振り、大丈夫だという事を伝えられる。その反応に柔らかく微笑み、腕の中の小さな彼の身体を安心させるように優しく抱きしめた。
暫くすればバンブルの方も落ち着いてきたのか、彼の緊張が解れていくのが分かる。
その行為は、心を許されているという優越感を煽るもので、自分を浸していく。
「私は指令がバンブルの事をどう思っているかは本人では無いから分からないさ」
いつもと変わらぬ口調で、抱きかかえる彼の目を見ず言葉を洩らす。
しかしその時彼がどんな表情をとったかは検討がつく。だから先ほどよりも力をこめて彼を抱き寄せた。
「けれど、私はバンブルの事が好きだ」
短い言葉で、しかし囁くように柔らかい口調で本心を伝えた。
「副官は、おいらの事好きなの?」
「勿論。どうしようもないくらい」
先ほどまで不安で一杯だった顔に、先ほどのような笑みがあふれた。
それにつられ、こそばゆい感情を隠しきれずつられて笑う。
きっと向き合って互いに笑いあう光景は微笑ましいだろう。
自分の今の本心は彼にとっては素直な『好き』という感情だろう、しかしそれでもいい。そう思った。
「バンブルも私の事が好きなのだろう?」
「うん、副官のことおいら大好きだよ」
傍から見れば何とも甘い会話だろうが、マイスターは更にあることを思いつき口の端を持ち上がらせた。
「なあバンブル、お互いが好きであれば出来る事があるのだが、分かるかい?」
その問いに首を横に振る彼を見て、顔をすれすれまでに近づけた。
そしてそのまま、唇を引き寄せる。
軽く、触れ合うような接吻。
その一瞬に近いものでも、マイスターにとっては喜びを感じるに等しい時間だ。
ゆっくりと顔をはなし、彼の表情を覗き込む。
イキナリの行為だったから驚いてはいまいかと心配にはなったが、多分深い意味でなど感じてはいないのだろう以外にも彼は平然としていた。
「これがそういうことなの?」
「あぁ、そうさ」
見つめてくる視線をバイザー越しに捉え答えると、又もや以外な行動をされ内心此方が驚いてしまった。
次に唇に触れてきたのはバンブルの方からだった。
触れるように、感触を確かめるような撫でる接吻にマイスターの気持ちは高鳴る。
「副官の唇・・・おいら好きかも」
互いに触れたまま囁かれた言葉により、彼の吐息と唇が自分を更に煽る。
無自覚なのだろうその行為に此方は衝動を抑えるのに必死だというのに、その気も知らず彼は十分その感触を味わっている。
暫くは彼の方も色んな意味で接吻とは言い難いが受ける接吻を楽しみ、同時に本能との葛藤をしていたのだがバンブルが唇を離したことによりそれは中断された。
飽きたのか?と感じたがそれとは違う、考えるような顔。
「ねぇ副官。おいらも副官が好きで、副官もおいらが好きだからできるんだよね?」
こくり、と頷き腕の中の小さな彼が何を考えているか検討していると行き着いた答えに危険を感じた。
そして、それは正解へという道へ繋がる。
「じゃあ指令もおいらのことが好きならできるんだよね!!」
ぱぁっと明るくなる表情に自分の顔は崩れなかったが、内心では何かが転げ落ちたような錯覚に陥っていた。
すると大人しく抱かれていた彼がぴょこんと出て行くのにたいし、呼び止めようとした腕が伸びる。
「教えてくれて有難う副官!!またしようねー!」
「ちょ、お、おい!バンブルっ_」
彼を引きとめようとしたときには遅く、一目散に部屋から出て行ってしまった。
呆然と見つめ、堪えきれなくなった息が一気に吐き出された。
そして聴覚センサーに入った音声をもう一度再生し、くしゃりと笑った。
「またしようね、か・・・。これまた最強の殺し文句だな」
あとで指令に言われる事を覚悟しながら、らしくない自分と彼らしい行動にバイザーを手で覆った。
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